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神戸地方裁判所 平成5年(ワ)1371号 判決

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は原告に対し、金四六〇万七、二九二円及びこれに対する平成五年八月六日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言を求める。

第二  事案の概要

一  争いのない事実

1  亡阿曽正榮は、平成五年四月一日死亡した。

2  同女には、相続人は存在しない(甲第一号証、乙第一ないし第五号証)。

3  同女は、平成三年六月八日付け遺言書により、同女死亡の時は、その財産全部を訴外阿部純生に贈与するとの遺言をした(甲第四号証)。

4  訴外阿部純生は、神戸家庭裁判所平成五年(家)第一七一〇号をもって、遺言執行者選任の申立てをし、原告は、平成五年六月二九日、同女の右遺言執行者に選任された(甲第三号証)。

5  同女は、平成四年七月二八日、被告神戸支店から、償還期日同九年八月五日、ただし同五年八月五日以降はいつでも買取り(解約)できるとの約定の貸付信託「ビッグ」受益証券を代金四五〇万円で購入した。

6  原告は、平成五年八月五日遺言執行者として被告神戸支店に対し、右貸付信託受益証券の買取及び買取金の支払いを求めたが、拒否された。

二  争点についての当事者の主張

戸籍上の相続人が存在せず、死亡者の遺産全部の包括受遺者がいる場合、死亡者の債務者に債務の弁済を請求できるのは、民法九五三条の相続財産管理人か、包括受遺者の遺言執行者か、そのいずれと解すべきかの問題である。

(一)  被告の主張

1 訴外阿部純生が、亡阿曽正榮の遺産全部の包括受遺者であるとしても、民法第五編第六章の相続人不存在の手続によるべきである。

(二)  原告の主張

1 訴外阿部純生は、亡阿曽正榮の遺産全部の包括受遺者である。

包括受遺者は、相続人と同一の権利義務を有し(民法九九〇条)、包括受遺者の承認、放棄及び限定承認には、相続の規定が適用されるのであり、遺産が債務超過のときには自己の固有財産をもって弁済しなければならない。

2 全部包括受遺者の場合、管理すべき被相続人の遺産は存在せず、全部包括受遺者が遺贈を放棄した場合のみ、相続人不存在の手続が開始される。

第三  争点についての判断

一  民法九九〇条が、包括受遺者を相続人と同一の権利義務を有するものと規定しているのは、包括受遺者は相続財産の全部または抽象的に定められた一定の割合で承継するものであるため、その地位は、相続人に酷似しているところから、死亡者の財産に対する権利義務について相続人と同一のものとすると定めたに過ぎないのであって、その他の関係においてもすべて相続人と同一に取り扱う趣旨ではないと解せられる(東京地判昭和三〇年八月二四日、下民集六巻八号一二〇頁)。

二  このことは、民法九五二条にいう「利害関係人」の中には、受遺者(包括、特定)を含むと解され、同法九五四条が、相続財産管理人は受遺者に対し財産状況の報告義務を規定し、同法九五七条が受遺者等に対し相続財産の清算手続を定めていることに徴し疑いのないところである。そして、これらの規定及び同法九五八条の二に受遺者という場合、特に包括受遺者を排除しているとは解せられない。

三  実質的にみても、相続債権者や被相続人(死亡者)の債務者にとって、遺贈の有無やその効力を確認することは、相続開始の事実及び相続人の範囲を確認するよりも困難であり、遺贈の場合には相続の場合よりも、第三者を保護する必要があることからすれば、相続人不存在の場合、受遺者には、民法九五七条の相続財産の清算手続によって弁済させるのが妥当であり、また、この点でも、包括遺贈を特定遺贈と別異に取り扱うべき理由はない。

四  したがって、死亡者の財産全部の包括受遺者がいても、相続人が不存在の場合には、民法九五一条以下により、死亡者の財産は清算手続の終了に至るまでは相続財産として存在するものである。

五  そうすると、被告は、本件請求につき、包括受遺者の遺言執行者である原告には給付義務がなく、原告の本件請求は理由がないというべきであるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

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